【千葉ロッテ】今日11月3日は佐々木朗希と大下誠一郎の誕生日だったそうで…(笑)

【ロッテ】佐々木朗希が22歳・大下誠一郎が26歳のバースデー 2019年ドラフト「同期」の2人(日テレNEWS24)

文化の日の11月3日も秋季練習だったそうですが…しかしこの組み合わせもなかなかおもしろい。

てか、佐々木朗希と4歳差しか離れてなかったのか大下誠一郎は(苦笑)。あ、犬好きな私として朗希んとこのお犬様の誕生日もやっぱりめでたい(笑)

プロ野球・ロッテの球団広報は3日、この日誕生日を迎えた佐々木朗希投手、大下誠一郎選手の動画を公開しました。

動画では本拠地・ZOZOマリンでの練習の合間、選手が集まる中で誕生日の2人が指名されます。

まず出てきたのは佐々木投手。「今日で22歳になりました。いい1年にできるように頑張ります」とあいさつすると、選手からは「おめでとう」と祝福の言葉がかけられました。

次に前へ出た大下選手も「26歳になりました。1年間しっかり頑張ります」と意気込みます。いじられながらも、2人には温かい拍手が送られました。

年齢は異なりますが、佐々木投手は1位、大下選手は育成6位とどちらも2019年のドラフトで入団している2人。プロ5年目の来シーズンに向けて、ともに活躍を誓いました。

で、いいなーと思ったのは上記の記事にもありますが、

なんかもう5年ぐらいロッテにずっといるぐらい馴染んでるのがいいな。とにかくチームメイトが明るくいじるいじる<大下誠一郎(笑)。一応高校までの学年としては平沢大河や佐藤都志也、高部瑛斗と同い年なんすけどね。そう考えると去年、現役ドラフトでヤクルトに移籍した成田翔とも同い年なんですがいやあそれは信じられん(をい)。

…しかしこれほど短期間でロッテというチームに馴染んでファンの心も鷲掴みしちゃったゆえに来季もプレーでもベンチでも盛り上げてほしいですね。元気者の三木亮と江村直也が引退しちゃったんで、ひとまず同じ移籍組の石川慎吾と共にたまには荻野貴司・角中勝也の両パイセンをけしかけて「もっと声出せー」ってやってもいいんで(^_^;)

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「前回の阪神日本一」の瞬間は友達の誕生日パーティの席でテレビを(笑)

【日本シリーズ】魂の8回、阪神ナインがミスを取り返す気合の集中打で日本一へ王手<第5戦>(高校野球ドットコム)

と同時に、その11月3日生まれの旧友がいまして、そいつの誕生日パーティに呼ばれた時の思い出で今も忘れられない話があるんすね。

<日本シリーズ:阪神6-2オリックス>◇2日◇第5戦◇甲子園
この集中力がセ・リーグを制した阪神の底力だ。0対2で迎えた8回に一気に6得点。7回まではいいところがなかったが、決して下を向くことがなかった阪神ナインの気迫が込められた攻撃だった。

1点差で迎えた8回1死二、三塁。3番・森下 翔太外野手(東海大相模出身)が左中間へ逆転の2点適時三塁打を放った。さらに続く、4番・大山 悠輔内野手(つくば秀英出身)が中前へダメ押しとなる適時打を放って、勝利を決定づけた。オリックスが誇るリリーバー・宇田川 優希投手(八潮南出身)から、3、4番が連続適時打を放って勝利を呼び込んだ。

森下はバットに気持ちを込めたに違いない。7回の守備で右手で打球を拾いにいったが手につかず2失点目を許した。どうしても自分のバットで逆転したかった。そんな気迫がスイングに表れていた。宇田川のフォークに食らいつき、2球連続でなんとかファウルで粘った後の低めの152キロの直球をすくった。並みのルーキーではない技術の上に、ミスを取り返したい気持ちも打球に乗り移った。

前日サヨナラ打を放った大山だが、この日は乗れていなかった。一塁の守備でワンバウンドになりそうな送球を取れなかったこともあった。打席でも3打席目までは凡退していた。第3戦ではチャンスでフォークでの空振り三振に仕留められ最後の打者になっていた。いろんな「悔しさ」が頭をよぎったに違いない。初球から4球続けられた宇田川のフォークを、上手く中前に弾き返し安打を確信すると、一塁へ走りながら右手で拳を握りしめていた。

7回に失策を犯し、2失点目につながってしまった名手・中野 拓夢内野手(日大山形出身)も、8回にはきっちりと犠打を決めて、森下の逆転打につなげていた。前日に3三振で途中交代となっていた佐藤 輝明内野手(仁川学院出身)も6番スタメンで出場すると、2回の最初の打席で左中間への二塁打を放って気持ちを高ぶらせていた。そんな姿にベンチが盛り上がらないわけがなかった。誰もが必死で最後まで勝利をあきらめていなかった。

サヨナラ勝ちの翌日には、終盤の大逆転劇。日本一へ王手をかけたこの日、11月2日は、1985年に阪神が日本一に輝いた「メモリアルデー」でもある。このままの勢いで、38年ぶりの日本一へと突き進む。

その旧友は小5の春に北海道から転校してきて自宅もすぐそばだったんでよく遊ぶようになったやつで、学校のクラスは一度も一緒にならなかったんですが小5から中3までずーっと隣のクラスでして、その代わり、小学校の時の吹奏楽部と少年野球で一緒だったんでよく遊んでました。高校時代も学校は別だったんですがなんやかんやで夏休みは3年間、毎年九州まで鉄道旅行に行く仲だったので、たぶん自分の人生の中ではトップ3に入るぐらい濃密な付き合いをした親友だったと思ってます。

で、その小5の秋に、彼の誕生日パーティがあったのが昭和60年11月2日。本来の誕生日の3日はちょうど日曜日で少年野球の練習があったんで前日の土曜日に繰り上げたんでしょうね。午前中は学校があったので(←今はもう完全週休2日制ですが昭和の頃は土曜日も半ドンで授業がありました)、いったん家に帰って午後から誕生日プレゼントか何かを持って自宅近所に住んでたこの旧友の家に行った…という記憶があります。そしてその誕生日パーティの真っ最中に、その友人がなんかのタイミングでテレビをつけたら、そこにたまたま映ったのが、

阪神タイガースの日本一の瞬間

だったんですね。西武球場だったか甲子園球場だったかは忘れましたがこの頃はなぜか日本シリーズはデーゲームで開催されてまして、当然西武球場も屋根がついてない頃でした。確か7-8人ぐらい同級生がいた記憶もあるんですが、おもしろい事に、この時に集った面々は、私はこの当時は大の巨人ファン、誕生日の主人公の友人は広島ファン、そして他の友人を見渡しても誰一人阪神ファンがおらず(ヤクルトファンとか大洋ファンとかはいましたね)、

「なんだこの阪神ファンの数は…」

とあっけにとられながら、友人のお母さんがカットしてくれたショートケーキを皆でおいしく食べながら阪神の吉田監督あたりの胴上げのシーンをテレビで視てた…なんてそんな記憶が今でも強く残ってますねえ。ま、そこに阪神ファン(と西武ファン)がひとりもいなかったので、誰一人、日本シリーズに関心を持たずにテレビすらつけずに誕生日パーティをやってた…というのも今から思えば凄い話だなとしみじみと思いますです。

しかし阪神はあの昭和60年の日本シリーズから38年も日本一になってなかったのか。そんな友人は今年で49歳。11歳の誕生日パーティから一度も阪神日本一が見れてないって事実もそれもまた凄まじい。さてオリックスもたぶんこのまま黙って引き下がるわけにはいかんでしょうし…第7戦までもつれそうな予感しかないっすねえ。

以上です。

↑ま、もともと文化の日は現憲法公布した記念日でもあり、元々は明治節つまりは明治天皇の誕生日だったんすけどね。

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