亡くなった西部邁先生の最期を「自殺ほう助」してた人が本当にいたんだな…。

西部邁さんの自殺を手助けした疑い、知人の2人を逮捕(朝日新聞)

1月21日に評論家の西部邁先生が亡くなったという記事をここのブログでも書きましたが、まさかあの後にこんな「後日談」があるとは…。

評論家の西部邁(にしべすすむ)さんが今年1月、東京都大田区の多摩川で亡くなったことをめぐり、40代と50代の知人の男2人が自殺を手助けしていた疑いがあることが、捜査関係者への取材でわかった。警視庁は5日夜、2人を自殺幇助(ほうじょ)の疑いで逮捕した。

 同庁によると、西部さんは今年1月21日午前6時40分ごろ、大田区田園調布5丁目の多摩川で見つかり、その後、死亡が確認された。死因は水死で、現場近くから遺書が見つかった。同庁は自殺と断定している。

 捜査関係者によると、西部さんは救助された際、腰付近にロープが巻かれ、工事現場で使う安全帯のようなものを身に着けていた。ロープのもう一方は河川敷の木に結ばれていた。西部さんは病気の影響で手が不自由だったため、同庁はこれらの作業を一人で行うのは難しいとみて捜査。2人が浮上したという。

私自身は若い頃から(小林よしのり氏経由で)結構影響を受けてたので、この西部先生の訃報(しかもTwitterでいつも楽しく拝読している落語家の立川キウイ師匠のツイートで知るとは…)にショックを受けていて「んな、そんなに急いで談志師匠に会いに行かなくても」とニュース読みながら涙ぐんでたんですが、そのわずか4日後に、四半世紀来の親友の訃報が入り更にショックに打ちひしがれてる事になったのでした。いや、文字通り「ショックで寝込んだ」ぐらいでしたし…。

結局、この親友については、亡くなった翌日に弔問通夜・告別式(告別式では弔辞も読ませていただきました)、火葬、更に四十九日法要…と、この親友の親御さんが、サークルで25年の付き合いがあり毎年のように九州旅行に行っていた私と、サークルの会長でもあり故人とは中学時代からの同級生で大親友だったうへの氏は、「お友達の代表として見届けてください」と、他のご親戚の方と一緒に呼んで頂きまして、そこまで見届けることになった次第でした。

なので、自分自身の中では、その親友と、西部邁氏の訃報がどうもワンセットとなって、たぶんずーっと忘れられない思い出として残るんだろうなあと、しみじみと考えてしまう次第です。

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立川談四楼師匠がこんなツイートをされてまして…。

ところで、私が訃報を知るきっかけになった立川キウイ師匠の兄弟子にあたる(というかキウイ師匠からすれば大先輩にあたる方でもあります)、立川談四楼師匠もTwitterで人気を博している落語家のひとりでもあり、生前は立川談志師匠とのご縁で西部先生とも交流があった方…なんですが、訃報に接した後、1月下旬と2月上旬に、こんな事をつぶやいてました。

更に2月15日にはもっと意味深なツイートも。

特に後者のツイート。思わずこれを思い出しちゃったのと同時に、

「本当に幇助した人がいたんだ…。」

と、こちらの方でもただただ唖然とするしかなかったですね。

でも頼まれた方も断れないだろうな…。

個人的には自殺というのはあまり好ましい最期の方法だとは思えず、やはり自然死を迎えたほうが少しはいいんだろうな、とも思いつつも、この西部先生の最期については、やはり他のファンの方々同様、「…西部先生らしいわ」と思ってしまった自分も実はそこにいたりしました。

で、こんだけ聡明で、自分の最期も自分で決めさせろ、という大先生に、仮にこの先生に常日頃からお世話になってるような人が直々に頼まれて、しかも「君らには迷惑をかけないから」と懇願されたとしたら…それはなかなか断れないでしょうね。

だってあそこまで古今東西の歴史や哲学などに詳しくしかも聡明で、しかも自分自身のことも客観的に、言葉はあれですが物凄く冷静かつ冷徹に見ている人に、説得させて翻意させるだけの言葉をかける事はできませんわ。

それらを含めて、談四楼師匠が「私が指名されなかったのは残念だ」とぽつりと呟いたんでしょうね。

私は、妻の母の最期を見届けた時を思い出す。

自殺幇助…ではないですが、私にとってこの件でいつも思い出すのが、2年前に妻の母(生前の晩年は廃用性症候群で足腰が不便で車椅子の生活を送ってました。頭は物凄く切れる人だったんですが)が、本当に文字通り「急逝」した件でして…。

朝6時半に大の病院嫌い(それが原因で足首の捻挫から始まって膝痛、更に台所で転んで背骨を骨折して、寝たきり→車椅子生活に余儀なくされるほどに)だった妻の母が「体調が悪い。病院に連れて行って」と言ってきて、慌てて119番通報→数分後に救急隊が到着して脈を測ってる途中に意識を失い心肺停止状態→救急車の中で心臓マッサージ等をやってみる→青梅の総合病院のERに運ばれるもお医者さんから「もう助かりません」と言われる→心臓マッサージや人工呼吸を辞めて臨終状態にするか否かを付き添った私に委ねられた…という事がありました。

我が家は介護認定を受けているおじいちゃんと幼い息子がいるんで妻ではなく私が救急車の付き添いになる事が多かったんですが、ここでは一瞬迷いましたね。「え、そういう重大局面を、一緒に住んでるとはいえ実の子供じゃない、婿状態(正確には長女の夫)の俺が決めていいのか?」と。ただ、私自身はそういう時に情よりも合理的に物事を考えてしまう傾向もあり、「わかりました。止めてくださって結構です」とお医者さんにほぼ即答で伝えまして、私自身にとっては人生41年間において初めて「誰かの臨終を看取った」経験をそこですることになったのでした。

その後に妻とか親戚などに、ERの自動ドアの外でスマホから連絡を入れたんですが、なんとなく自身の気持ちの中で強烈に思ったのは「もっと悲しむべきなんじゃないのか?そんなに一緒に住んでた家族が死んだのに、あまりに冷静に対処してて人間として冷たくはないか?」というのと、「これが妻の母にとって、実の子供であるうちの妻とか、神奈川に住んでる妻の兄貴だったらこの人工呼吸等の処置はどうしたんだろうな」というのが、脳裏での反芻はずーっと続いてましたね。

本来、人情としては「助からないかもしれないけど、あと5分、もしくは10分ぐらい続けてもらって、それで諦める…とかの頑張りをした方が良かったのではないか」とかも。30分後に検査の結果、「麻痺性イレウス(腸閉塞)」という、お医者さんの口から「予防もできない本当に突然死のような病気」で亡くなったことが伝えられて判明するんですが、それでも「妻の母の、80年近い長い長い人生のクロージングに対して、あれでよかったのかなあ」と脳裏で逡巡する次第でした。

もっとも後で家族がタクシーで病院に来て別室に安置された故人と対面をした時にもそれは「正直に、率直に」言ったんですが、妻からも義兄からも、そして親戚筋からも一切責められることはなかったですね。むしろ逆に「そんな辛い決断をさせてしまい申し訳ない」と言われたほどでした。その数日後に行われた通夜・告別式の時には成田に住むうちの両親も泊りがけで参列に来てくれたんですが、そこでは「実の親の俺たちじゃなくて奥さんの親を看取るとはな…」と、親父自身に労われる始末で(苦笑)。

まあその時に私は「あ、もし親父かおふくろのどっちかが同じシチュエーションで俺が最終決断を迫られたら、たぶん「ああ、この人はそこまでこの世に未練はないだろう」と、迷うこと無く止めさせると思うよ。むしろ実の親のほうが躊躇はしないわ。」とはっきり言いましたね。そしたら「うん。それでいい。」ってあっさりと(汗)。まあ親父は「まあそれが一番いいやな。病院にも迷惑をかけるし」と思いっきり理解を示してましたけどね。そこらへんのモノ(それは自分自身の命も含めて)に対する執着心の無さや淡白さは私は親父に似てしまったようですね。

…でも、たぶん思うんですが、生前は人一倍、生き方に関しては物凄くこだわりを持っていた妻の母のことだから、そのうち、私があの世に行った際に再会して「ちょっとー、なんであん時あっさり人工呼吸とか断っちゃったのよー。あと30分頑張ってたらもしかしたら蘇生したかもしれないじゃん。諦めるの早すぎよー」って叱られるかもしれませんけどね。それはそれで仕方がない、今後生きていく上であの世に行って妻の母に再会するまでの「宿題」として忘れずにいたいと思ってます。そしてその時は例えば埼玉銘菓・十万石饅頭でも手土産に持っていきたいかな(をい)。

それよりも手助けした人たちの「その後」が心配だ。

なので個人的には、西部先生を止められなかった無念さと、結局は自殺幇助という形でアシストすることになってしまったこのふたりの「容疑者」に対して、自殺幇助という罪が殺人や傷害致死等に比べてそれほど大きな罪ではなく、社会的制裁の側面では人生がパーになる事はないでしょうが(西部先生も彼らをフォローするような「遺書」のようなものは残してる可能性もありますし)、それはそれとしても、この人達にとって、この「大恩ある西部先生を止められず、結果、死に至らしめてしまった」という事が生涯に渡るトラウマにならないことを祈るだけですね。

いや、本当は社会通念的にはよろしくない事を、誤解を恐れずに、お叱りを受けるのを承知で、あえて書きますが、自分がもし西部先生の側にいるような立場の人間で、西部先生直々に頼まれたら、ほぼ確実に同じことをやったでしょうね。

おそらく言葉を尽くして「先生、まだあなたにはやり残したことがある!!」などと説得はするでしょうけど、結局はあれだけ聡明な西部先生に圧倒もしくは静かに論破されてしまい、最終的には多摩川の河川敷で先生の最期を協力してたと思いますね。

それでも西部先生から「大丈夫。ボクがしっかり遺書でフォローしとくから。君らには迷惑はかけない」とか言われたでしょうし、もし本当に「既遂」してしまった後は、社会から非難されるのは覚悟の上でこの人達も「アシスト」したんでしょうが、しかしながら彼らだって警察沙汰になる話とか、社会的制裁云々や周りからやいのやいの言われるよりも、少なからず現在進行系の今もあるだろう、大恩ある西部先生を失った、もしかしたら「自分の手であやめてしまった」ぐらい考え込んでしまってる可能性だってあるわけですしね。

そこらへんをこの人達は今も思い悩んでいるかもしれないし、西部先生が逝ったその後の「内なる戦い」の壮絶さを思うと、少なくても私自身は、この人達を指さして声高に批難することはできないなあ、とそれだけは思いますね。

勿論、自殺はあまり褒められた行為ではない、という私自身の考え方も(たぶん社会通念上の常識としても)、一応繰り返し記しておきますが…。できればこの手助けすることになってしまったこの人たちの周りの人たちは、彼らへの精神的なケアもよろしくお願いします。

以上です。