「貴乃花親方の受け入れ、実は全一門がOKだった」…はさすがに大ウソだろ(爆)

貴乃花親方の受け入れ、全ての一門OKだった…部屋ではおかみさんも合流し“最後の晩餐”(スポーツ報知)

貴乃花親方の「引退」の件。まあご本人が頑固だから辞めるんだろうねと、こないだの記事以降は静観してたんですが、さすがにこの記事は「スポーツ報知よ、そこまで行くときれいごとのウソ八百が過ぎるぞ?」とツッコミを禁じ得ず(爆)

日本相撲協会を退職する意向の貴乃花親方(46)=元横綱=に対して、水面下で接触していた伊勢ケ浜一門だけでなく、5つある一門全てが受け入れる用意があったことが28日、分かった。関係者によると同親方が希望して接触すれば、合議の上に加入を検討したという。いまだに引退届が受理されず協会に残留する可能性はゼロではないが、不備を指摘された弟子の所属先変更願(移籍届)の再提出の準備が進行中で、翻意は難しい状況だ。

 10年1月まで所属していた二所ノ関一門は、複数の親方が「うちに戻りたいと言われたら検討するつもりだった」と語った。出羽海一門、高砂一門も同様に「話を聞くことはできた」(関係者)。秋場所初日の段階では時津風一門が受け入れるという声もあった。

 無所属の親方が他の一門に所属するには自ら動く必要があった。貴乃花部屋の力士らを受け入れる予定の千賀ノ浦親方(元小結・隆三杉)も、今後は二所ノ関一門に戻る。「こればかりは自分でお願いしないといけない。我々も一生懸命入るために動いた」

 貴乃花親方は内閣府への告発状の内容が事実無根と認めなければ一門に入れないと告げられ「真実は曲げられない」と退職の道を選んだ。だが協会はそれを否定。この条件を確認した上で一門加入の意思を持って動けば退職は避けられたかもしれない。出羽海一門の親方は「入りたいと言って来なければ検討もできない」と“ボタンの掛け違え”を残念がった。

 貴乃花親方はこの日、早朝と夕方の2度、都内の部屋から外出。不備を指摘された書類の準備には「もう準備はしています」と返答した。午後4時頃から部屋に飲食物が運び込まれ、おかみさんの景子さんも合流。29日にも行われる千賀ノ浦部屋への引っ越しを前に“最後の晩餐(ばんさん)”が行われた模様だ。

というか、それ以前に、

5つの一門に絞った事自体が貴乃花追い出し作戦の「主目的」だろ?

としか思えないんすけど。

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クラスの「仲間はずれ」とさしてレベルが変わらん。

何せそれほど大きな「改革(まあ「改悪」ですが)」が、貴乃花親方退職直前まで話題にすら上がらなかったことも不思議だし、むしろ新しい「一門」ができるデメリットの方が正直わからない。ゆえに、よほど協会の理事連中や執行部に「貴乃花憎し」が強い上に「小狡い事を考えるのに長けてる」奴がいて、「そうだ、こうすりゃ貴乃花は自分から協会からいなくなるわ」と思いついて理事会に謀ったのが、この案だったんだろうな…と。

となると、当然貴乃花親方のこれまでの行動パターンを考えれば、「頭を下げて協会に一兵卒で居続ける」のは無理だろうし、どこぞの一門に入る際にそこの一門のボスの連中に「貸し」を作ることになる。それにもしかしたら自分の弟子の出世や環境も悪化するかもしれない…と、そう考えれば、まあ「辞める」しかないんだろうな、と、そう思いますけどね。

個人的にこの件で思い出したのが、高校二年の三学期の時。さしてクラスで仲がよい友人がおらず、基本的には昼休みはさっさとひとりで弁当を食って図書館でのんびり過ごしてた印象しかない年なんですが(ただし、この時に図書館にあった「20世紀全記録」という分厚い本を毎日読んでたのが、後年、クイズを趣味にした際に物凄く役に立つことになるとは…(苦笑))、

修学旅行はこの当時は2月に東北方面にスキー、という行事で(今は秋に沖縄に行ってるそうです…羨ましいw)、大の寒がりかつ運動音痴の私はもともとスキーとかスケートとか大嫌いだったんで、「あ、これはサボって、帰ってきたお金で夏休みに九州に鈍行旅行に行こう」と計画してました。ま、そんな事は言えないので表向きは親とかにも黙ってましたけど。

その際に、やはり修学旅行ゆえに部屋割りなどの「グループ」を作らなければならないんですが、どこのグループも「仲良し(苦笑)」ではない私を受け入れるのは消極的で、しかも私は最初から行く気がないんで「勝手にすれば?」と図書室から借りてきた本(確か、漫画の「あした天気になあれ」だったと記憶してます…ってショートホームルームの時に堂々と漫画を読むな<ヲレw)を見ながらそっぽを向いてまして、業を煮やした担任が「とりあえず」私を数合わせでどこぞのグループに入れたってことがありましたね。

そしたら教室の黒板の後ろにその組分けの一覧があったんですが、放課後、帰ろうとした時に、そこの私の名前の下に「お前なんか来るな」とチョークで書いてる奴がいまして、どうも私の気配に気づいてないようでニコニコ顔でそいつにつかつかと近づいて肩をポンと叩いたら、「うわっ!!」とびっくりしてました。…で、「大丈夫。俺、行かないし、お前らの邪魔なんかしねえから安心しろ」とニコニコ顔で伝えたら、慌てて速攻その文字を消してましたね。更に「なんで消すんだよ。お前らの本音だからいいじゃねえか」とニヤニヤしながら声をかけたら、気まずそうにそいつは教室を出ていってしまったんですけどね。

ちなみに余談としては、こういう場はキレて怒鳴りつけるよりも、不気味に半笑いして「恫喝」した方が相手は反撃しづらいし何より気まずい、という駆け引きの方法を覚えまして(後から聞いた話では、当時のクラスの連中はむしろ「あいつは何考えるかよくわからん」と思うようになったそうです)、その後、仕事や趣味、特にクイズサークル等でも恫喝する歳の「最終手段」として使うことになるんですが…それは20年近く後の話ですけども(笑)

そして最終的には修学旅行当日に「うーん、頭痛え」と親にわざとらしく体調不良を訴えて、仮病を決行して所定の(?)朝6時半に学校に電話して休むことになったんですが、実は本当に38度の発熱をしてまして「どんだけ俺は修学旅行が嫌だったんだか」と失笑しながら数日間寝てました。とはいえ、親ももう最初からわかってたようですけどね。というのは、直前になっても全然修学旅行の準備もしてないしで。

ただ修学旅行中も午前中は図書室に通って「出席」しないと欠席とカウントしてしまうので、午前中はバスで(いつもは自転車でした)高校まで通い、いつもは滅多にしないマスクしてダッフルコート着込んで通学して、図書室で暖かくして件の「20世紀全記録」を読んで時間を潰し、お昼すぎに家に帰って昼飯を食べてから薬を飲んで寝る、という数日間を送ってました。で、積み立てられた旅行費もドタキャン扱いで少し減ったらしいんですが、その年の夏休みに九州方面に行く旅費に化けました(^_^;)

…てな経験をしてるもので、まあ私の場合は「仲の良い友達がいなかった」んで「だから一人で寡黙で孤立したほうが楽」と思ってただけでその程度で済んだので「いじめ」だったとは思ってないんですけども(私は饒舌の時はめちゃくちゃ饒舌なんですが、寡黙の時は本当に寡黙になるんでそれでも全然苦にならない性格なんですね)。

見方を替えれば、この一門を絞る、既存の5つに限定するというのは、貴乃花親方から見れば「逃げ道を塞がれる」行為と取っても全く不思議ではないんですよね。というよりも、過去に理事選挙をめぐって既存の一門から抜けて無所属で活動していた相撲部屋・親方がいた歴史もある中で、公益財団法人のカネの流れ云々で派閥をまとめないといけないなんて理由は嘘っぱち以外の何物でもないでしょう。

次の参院選に自民党から出てきたりしてね、高確率で当選するよ?

というか、派閥の論理で物事がえらく左右されるイメージが有るあの自民党でも、昔の「55年体制」の頃や田中角栄氏や竹下登・金丸信両氏の全盛期ですら、くっついたり離れたり、時には合従連衡したりして総裁選とかを繰り広げてるわけですが(中には弱気な派閥のボスの首をすげ替えたグループもいましたな、大平総理の派閥とか…)、「既存の派閥にまとめましょう。そこに入らなければ自民党を除名される可能性があります」なんて事をやらかした記憶は「ない」ですね。

ゆえにこの記事は「後からだったら何とでも言えるよね?」って感じの記事に過ぎず、相撲協会とズブズブの相撲担当記者が相撲協会のイメージアップのために書いた「提灯記事」なんだろうね、とそんな感じで読みましたね。そんな事いって、貴乃花親方が万が一「翻意」しててめえの派閥に入りたいとか言ってきたら率先して反対するくせに、と(爆)。

…しかしこの後の展開として、もし誰かに「次の参院選に自民党から出てくださいよ」とか言われて比例区で出馬してあっさり当選して、文科省系の委員会とか、スポーツ庁の上の方の役職に就いたら、それこそ相撲協会の連中「驚愕」するんだろうなあ(笑)。もっとも自民党の先輩議員とかとケンカしないといいけれど。民主党でしたが、大橋巨泉みたいに「俺が俺が」タイプであっさり議員を辞めた前例もあるだけにw

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