凄いなあ。あの志村けん氏が東村山市の名誉市民になるのか…。

志村けんさん、東村山市の名誉市民へ 早ければ25日の市議会で決定(スポーツ報知)

「25日の市議会で承認されれば」という話ではあるんですが…しかし例の「東村山音頭」で、あれほど東京都下の西武新宿線沿線の人口10数万人の東村山市の知名度を「全国区」にしちゃったのはやはり凄いとしか言いようがないですね。

東京・東村山市の渡部尚市長(58)が19日、東村山市役所で「市議会6月定例会最終日追加提出議案」に関する記者会見を行い、新型コロナウイルスによる肺炎のため3月29日に死去した同市出身のタレント・志村けんさん(享年70)の名誉市民選定に関する議案を、6月25日の市議会に提出することを発表した。25日に議会の承認が得られれば、25日にも志村さんの名誉市民の選出が決定し、志村さんの遺族に名誉市民の代理授与が行われる。

 東村山市の名誉市民授与には、市議会の同意が必要で、25日の市議会最終日に志村さん名誉市民選出に関する議案が議会に提出され、同意がえら得れば、市にとって3人目となる名誉市民となる。

 名誉市民の条件として、市の公式ホームページでは「東村山市名誉市民条例(昭和55年3月31日施行)に基づき、市民又は市に縁故が深い方で、公共の福祉の増進、学術技芸その他広く社会文化の興隆に寄与し、その功績が卓絶で市民が郷土の誇りとし、かつ、深く尊厳に値いすると認めた方に対して市長が議会の同意を得て選定」としている。この条件に対し、渡部市長は「志村さんは東村山音頭で東村山市を全国区にしたスーパースター。十分に条件を満たしている」と説明した。

 すでに志村さんの遺族や所属事務所には同意を得ているようで、「東村山の恩人で功労者。最大級の敬意を表したい。志村けんさんを名誉市民としてご推挙いたします」とした。

なるほど、ご遺族や所属事務所には一応内諾のようなものは得てるんですね。だとすりゃ市議会でひっくり返されることや、いざ可決されてもそこから関係者が「故人はそういうのを望まないから」とか言う可能性は低いって事なんですね。それは何より。

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ちなみに私、幼少の頃東村山に住んでました(笑)

…実は私、今の実家および「人生で最も長く住んでた=故郷」なのは千葉県の成田市なんですが、成田に住み始めたのは3歳半の時に父親が公務員で成田空港勤務になったから(=成田空港が開港したから)でして、その前は東村山市に3年ちょっと住んでまして、うちの父親は東村山から羽田空港まで通勤してました。とはいえ、父親は空港税関という職場だったんで夜勤が多い仕事で、毎日、西武線とJR、更に京急を乗り継いで…という通勤は必要なかったようでなんとか通ってたらしいんですけどね。ま、東村山市とはいえ、自宅からの最寄り駅が西武拝島線の小川駅か、西武多摩湖線の八坂駅で、小平市との市の境目にごくごく近い「東村山の南の端っこ」だったんですが。

で、うちの親が東村山に住み始めた頃にちょうど志村けん氏が「8時だョ!全員集合」でどうにかブレイクしはじめた頃が一致してまして、大のドリフ好きな親父は「東村山音頭」をテレビで視て、この「地元ネタ」にひっくり返るほど爆笑し、そこで更に志村けん氏やドリフが好きになったんだそうで、一方で大のドリフ嫌いの母親は「まさか志村けんがここが地元だったとは!」と、えらくぶんむくれで「子供には絶対に見せるもんか」と心に誓ってたそうです。

その結果、成田に引っ越してからうちは弟・妹が生まれたんですが、私は親父の影響でドリフが大好き(やはり母親は見せたくなかったようですが、結局よく見てました(笑))、一方で4つ下の弟・6つ下の妹は幼少時に既にTBSの「8時だョ!全員集合」の番組が終了してしまった(ちなみに私が小5の秋の頃でしたんで、弟は小1、妹は幼稚園に入った頃でした)んで、さほどドリフは好きではなく、そこは子供の3人中2人は、”母親の目論見”が無事に達成できて、フジテレビの「ドリフ大爆笑」で文字通り(?)大爆笑している旦那と長男(つまり親父と私)を苦々しく横目でちらっと見てた…という次第でした。

まあ故人の照れ屋な性格も考慮して、できるだけ地味めに…。

…しかし仮にこれ、志村けん氏がご存命の時にこういう話が出たら、たぶんご本人は照れちゃって固く固辞してたんだろうなあ。「芸人は利口になっちゃったらオシマイだよ」と先輩芸人で私淑してた東八郎氏のアドバイスをその後の芸人人生に1500%体現してきたような人でしたし。ゆえに確かほとんど生前叙勲されてなかったような。この年齢であればあれだけの売れっ子と実績があれば紫綬褒章とか受賞しててもおかしくないと思うんですけども。そこはご本人の照れ屋な正確と、やはり全盛期は「あれだけPTAに目の敵にされてた」だけに(苦笑)

で、確か、西武新宿線東村山駅の前にはこの「東村山音頭」で大ブレイクした際に、当時の東村山市が志村氏に感謝状を送って、更にその記念で志村氏と共に植樹した「志村けんの木」ってのがあった記憶があるんですね。

…まあ願わくば仮に「名誉市民」になったとしても、故人の生前の照れ屋やあのキャラクターを慮って派手なモノはあまり作らずに、その「志村けんの木」のそばを再整備するとか、または小さな顕彰碑や志村氏を模したお地蔵様みたいなのを立てたりして、市民の方々やファンの人達がたまに東村山駅の前のそこに来て故人を偲んだり思い出したり…みたいな地味めなオブジェのようなものを作るのがベターなんでしょうね。これで地元の人達はもう志村けん氏の事を忘れることはないでしょうね。

ところであっちの世界ではもういかりや氏や荒井注氏と「再会」できただろうか。師匠のいかりや氏はこの名誉市民の話を聞いて、「志村のくせに生意気だ、バカヤロウ」とか言いながらも、たぶん愛弟子の「快挙」に喜んでるんだろうなあ、きっと。

以上です。

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