地元のミニコミ誌に、うちのクイズサークルの記事が掲載されました。

少し前に、岩槻で参加しているクイズサークル「岩槻クイズの会・岩Q槻(いわくつき)」に、地元で配布されているミニコミ誌の方の取材があったという話をここのブログでも紹介したのですが、その記事が先日掲載されたそうで、その扱いの大きさにびっくりしました(笑)

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まさかこんな早く、うちに取材が来るなんて(驚愕)

その時の例会はこんな感じのでした(笑)

この例会の直前にサークルのブログの、お問い合わせフォームからご連絡を頂いたのが、千葉や埼玉などでミニコミ誌を発行・配布されている「ちいき新聞」という新聞社さん。千葉・成田の実家に住んでた時はよく配達されていて地元ネタが多くて結構楽しんでた記憶があります(その他にも「エリート情報」とかのライバル誌が多くて、あの頃はここらへんから趣味のクイズネタを拾ってたことも多かったです)。このちいき新聞の岩槻版の取材のお話でした。

で、もちろんお断りする理由など一切なく、というよりも、このお話を受ける数ヶ月前に、Twitterで交流ができた和歌山のクイズサークル「よんななの会」さんで、やはり地元紙の方からの取材を受けたという話を聞いてまして、

「いやあすげえなあ、うちも何年かしたら、口コミでこういうふうになりたいねえ」なんてひとりごちをしてたら、まさかそんな早くうちにも来るとは(汗)という次第になったわけです。

ちなみに、うちの会は昨年まではメンバーである「ガソダム氏」の自宅(実家が酒屋をやってる若旦那でした)の、酒屋のビルの最上階にあるフリーペースで開催してたのですが、その若旦那が1月24日夜に急逝しまして、その結果、定例会の会場を地元の公共施設を借りて開催することになりその移転した先での2回目の定例会がこの取材のあった会でした(ちなみにガソダム氏の急逝に伴い、2月例会は中止となり、3月例会はもともと予定がなかったので実質上2ヶ月ほど会は活動休止状態になっておりました)。

実はちいき新聞さんとは何度もメールでやりとりしたんですが、対応してくださった方と取材に来た方は別の方だったんですね。

ところがこの記者のSさんという方は、長年、岩槻にお住まいの方で、この若旦那の酒屋も何度も訪れたり、生前の若旦那本人ともお知り合いだったんだそうです。ですので、Sさんとも何度かメールでやりとりをさせていただいたんですが「いやあ世の中は狭いなー」とびっくりするやら、日頃から地元の商工会や消防団などにも顔を出していたガソダム氏の顔の広さの凄さに驚愕するやら、でした。

記事の扱いの大きさにびっくりでした(笑)。

で、岩Q槻は本来毎月開催であれば「第一日曜日」に定例会を開催することが多いので、こないだの日曜日は定例会が開催…するとこだったんですが、岩Q槻の前に主催していたクイズサークルで、24年間毎月定例会ってのをやって、本当に疲弊しきった経験がありましたので「じゃあ岩Q槻はは年に3回ぐらい休もう」ということで、年度初めの4月からカウントして、7月と10月と3月はお休み、ということになったのでした。

ちなみにこの3日前の日曜日は私は高熱を出してダウンしてまして、冷えピタ貼ってアイスノン使って突っ伏してたんですけども「いやー、本当に例会休みで良かったー」と胸をなで下ろしてました(苦笑)。そんな折、前述したガソダム氏のお姉さんからスマホにメールをいただきまして、「ん、なんかあったのかな?」と思って画面を見たら、「地元のミニコミ誌に岩Q槻の話が掲載されてました」とのことで画像つきでメールを送ってくださったんですね。

これを見た瞬間、

「いやあこんなに扱いが大きいとは(;゚Д゚)」

とびっくりするやら感激するやら…でした(汗)

↑一応私も映ってます。ヴァンフォーレ甲府のバレー選手のコンフィットTシャツを着てます(苦笑)

ちなみにちいき新聞の記者さんから少し前に掲載する写真とその元の原稿を送って確認させてもらったんですが、いやあ写真とWordの原稿だけじゃこの扱いの大きさは想像できなかったっすねー。で、後日、10部ほど送ってくださるというので、同じ岩槻在住の「会長」をやっているうへの氏の自宅に送ってもらうことになってまして、その前にガソダム氏のお姉さんからのメールで知った次第でした…。

↑そしてさっそく岩Q槻のTwitterアカウントでも報告しました(注:この時の体温は38.7度で体調最悪でしたが(泣))

記者さんのお気持ちにちょっと涙ぐんだ。

で、ガソダム氏のお姉さんのメールの続きには、「弟の席を残したまま活動されていると知り、両親共に感謝でいっぱいです」と書かれておりました。

で、よくよく添付されていた記事を見てみると、右端にこういう写真もあったのです。

「急逝したメンバーのネームも一緒に”活動中”」と。

こちらのネームプレートは、今年の4月から参加者が増えて「顔と名前が一致しないと困る」ということで、

得点板用のネームプレートと、首から提げるネームプレートの両方を作ったのですね。

ホワイトボード用にはこうして両面テープでマグネットを貼り付けたケースを作って名前の書いた紙を出し入れできるようにと。

こうして1人2枚セットで作ったのですが、唯一例外だったのが、

亡くなったガソダム氏の白いネームプレート。こちらだけは1枚しか作りませんでした。

そして定例会では常時、ホワイトボードの横から吊るされる形で、

↑左下のような感じでいつも「ガソダム」の名前が見えるように掲げられている次第です。

生前、酒屋の若旦那が場所を提供してくれた理由。

ま、ガソダム氏本人は前に居た都内のサークルにも引き続き参加してたのですが、実家の酒屋の仕事が入るとどうしても遅刻か欠席が多くなってしまいサークル活動が全うできない(これは親御さんも年を取っていき自身も30代40代と経ていくごとに悩みの一つだったそうです)というジレンマがあったそうです。

そこに私が某会を辞めて翌年に岩Q槻が立ち上がった際には、よほど終日別件の用事がなければ、3階のフリースペースでクイズやゲームをやってても、出前とか仕事が入ればケータイで連絡を受ければすぐに階下のお店に出向いて、配達とか仕事が終われば最悪、2-30分で戻ってこれる、というのが「非常にありがたかった」とよく口にしてたんですね(ちなみに今の開催してる会場はそのガソダム氏の自宅から歩いて10分ぐらいの場所にあります。ですのでまあ、たぶん彼が生きてれば「会場の移転」はなかったんですが、仮に移転していてもこういう事は可能だったんでしょうね)。

なので「もし彼が生きていれば、たぶん毎回…は無理かもしれないけど8割9割はこの場所にいただろう。何より、岩槻でこうしてクイズやゲームができるのは彼がいなければまずなかったのだから」という感謝の気持ちと、やはり「今後も忘れないから」という気持ちを込めて、常にネームプレートを掲げつつ、特に私なんかは、気のおけないメンバーには「くだらねえギャグとか飛ばす時は、ガソダム氏がどういうリアクションをして爆笑してくれるかを想像しながら喋ってるよ」という事をよく言ってますね、はい(苦笑)

…で、そのあたりの話も、実際に取材に来てくださる前にメールでやりとりする中でお話もさせていただいたんですが…これはもうこれ以上の誌上での説明もキャプションもいらないですね。なんというか、こんなに温かい記事を載せていただいて、本当にありがたく、感謝感激を通り越して「いろいろな人に支えられている会なんだな、もっとおもしろおかしく楽しく頑張らなきゃ」と心を新たに、という気持ちになった次第でした。

以上です。

 

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