甲府・道渕選手の一件で、戦前の名大関・清水川の「逸話」を思い出した。

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【甲府】MF道渕に今季公式戦出場停止などの処分「二度と過ち犯さない」…暴行容疑で逮捕も不起訴処分 : スポーツ報知

昨日の記事の続きになります。

J1ヴァンフォーレ甲府は1日、知人の女性に暴力を振るったとして暴行容疑で警視庁に逮捕され、先月31日に不起訴処分となったMF道渕諒平(23)について、

(1)2017年シーズンの公式戦出場停止、

(2)選手としての活動停止3か月(謹慎期間の8月も含む)、

(3)減俸20%3か月、

(4)12月までの社会貢献活動の実施

―の処分を決定したと発表した。

 また、輿水順雄社長、佐久間悟副社長兼GM、今泉松栄強化部長をそれぞれ減俸5%1か月とする処分も併せて発表した。

 道渕はクラブを通じて謝罪と反省のコメントを発表した。コメント全文は以下の通り。

 このたびは、私の全くもって許し難い行為によって、ヴァンフォーレ甲府に関わるすべての方々だけでなく、サッカー界全体に対しても、多大なご迷惑をお掛けしましたことを、心よりお詫び申し上げます。

 そして何よりも相手の方に対し、自分の行為により、大きなショックを与えてしまったことを本当に申し訳なく思っております。

 また、応援してくださっている皆様、今までの人生の中で関わり、支えてくださった皆様、すべての方々への申し訳ない思いで一杯です。

 このたびのことは、社会人としてあるまじき行為であり、弁明の余地はなく、深く反省するばかりです。

 今後はすべてのご批判を真摯に受け止め、二度と同様の過ちを犯さないことをお誓いいたします。

 自分自身取るべき責任、行動を果たしたのち、ヴァンフォーレ甲府の一員としてサッカー選手を続けていくことができるチャンスをいただいたクラブ、スポンサー、そしてサポーターの皆様に対し、感謝の気持ちが伝わるよう、謙虚にサッカーに取り組みたいと思います。

 改めまして、このたびはご迷惑、ご心配をお掛けしまして、大変申し訳ございませんでした。

大卒新人で年齢も若く、話によると被害者との示談などの話し合いも成立したという部分を「斟酌(しんしゃく)」して、契約解除という最悪の選択肢は回避してくれた模様ですね。いや、本当に「大好きなサッカーでメシを食えるという幸せ…を辞めずに済んだ」のだが、死ぬ気でサッカーの稽古をしなきゃ、と。

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戦前の名大関だった清水川元吉の「逸話」を思い出した。

実は先月初めまでやっていたメインブログ「人生、成り行き」でも以前書いた話なのですが、まあ記事も残ってないし(泣)、再びこの戦前に活躍した「清水川」という力士を思い出すなあ、というお話を書かせていただきます。

※たぶん前回は誰かのペナルティーの話の時に書いたんですけどね。誰だったんだろう、たぶん千葉ロッテのナバーロ選手がキャンプ先の沖縄の空港で実弾が見つかって逮捕された時かなあ…。

この力士は戦前期(特に関取としては大正末期から昭和前期)に活躍した力士で、最終的には大関まで昇進しました。が、その前に幕内力士になった頃にあまりの素行の悪さにヤクザと大立ち回りを演じたり本場所をサボるようになり、最終的には所属先の相撲部屋の親方から「破門」されることになり、番付表からも抹消される事態になってしまったことがありました。

しかしながらあまりにも素晴らしい素質を持ったこの力士をこのまま破門にして角界から追放するのも惜しい、という意見も出て復帰を決断し、当時の相撲協会に親しかった陸軍の長老格の人や右翼の大物の人達も動き始めたのですが、なかなか相撲協会が首を縦に振らない中、その挙句に清水川のお父上が「大関になってくれ」という遺書を残して自殺してしまう事態になってしまいました。

「身を殺して嘆願する例は将来にも有るのか」

さすがにそうなると相撲協会も看過できず、この清水川の復帰の是非を問う話し合いが行われたのです。その相撲協会の上層部・親方衆の話し合いの中では当初は清水川の復帰はかなり否定的な情勢だったのですが、当時、関取衆を一部屋で30人も擁することがあった、一大勢力であり名門となっていた出羽海部屋の出羽海親方が、

「こんな本人の親父さんが自殺をしてまで嘆願する例はもう二度とはない。」

という趣旨の発言がきっかけで(正確には、冒頭の見出しにも書きました、「身を殺して嘆願する例は将来にも有るのか」という言葉だったそうですが)、最終的には清水川の復帰が決まり、幕下付け出しからの「再起」になったんだそうです。

その復帰時に清水川は四股名の下の名前を本名の「米作」から、お父上の名前だった「元吉(もときち)」に改め、復帰後は文字通り「目の色を変えて」稽古に励み、4年後には関脇に昇進して幕内全勝優勝を飾り、お父上の遺言に書いてあった「大関になってくれ」の願いをかなえるように、大関昇進を決めたという次第になりました。

そして37歳まで大関の番付を維持し続け現役を全うし…。

最終的には清水川は大関を約6年努めて、その間は双葉山が台頭してくる前に「常勝将軍」と呼ばれていた横綱・玉錦(=この力士は小柄な身体ながらも稽古熱心で非常に強かったんですが、今でいうとこの朝青龍なみに気性が激しすぎて連続優勝したのに「心技体の心がなってない」となかなか横綱に昇進できなかったという力士でした。後に現役のまま盲腸炎をこじらせて急逝してしまう悲劇の横綱になってしまうのですが…)とも互角に相撲を取れて、横綱昇進も期待されたんですが怪我でそれは叶わず、最終的には6年もの長い間、大関の番付を維持しつつ37歳まで現役を続けて引退した、という実に息が長い、「名大関」となった力士でもありました。

おそらく平成の世でいえば横綱にはなれなかったものの、5回も幕内総合優勝を果たした、「名大関」魁皇関のような力士だった、とも言えるかもしれませんね。

引退後は「追手風」という年寄名跡を襲名して、後に所属していた部屋から独立して、「追手風部屋」という部屋を立ち上げて定年まで角界に居続けて何人も関取を輩出した名伯楽となったそうです。

ちなみにそれ以降、追手風部屋では「清水川」という四股名が部屋の伝統の四股名(他の部屋でいえば、出羽海部屋の「両国」、高砂部屋の「朝潮」「高見山」などがそれにあたり、歴代で何人も同じ四股名を名乗っています)となり、実際に弟子の中で、この「清水川」という四股名を襲名して戦後、幕内で活躍した力士もいたそうで、現在、追手風部屋所属で幕内で活躍している当代随一の人気力士である「遠藤」関が、ゆくゆくは大関に昇進したら、この部屋の伝統の四股名である「清水川」を襲名するのではないか、と、以前、マスコミの報道で流れたり、好角家の中では話題になったこともあったんだそうですね。

そりゃ「復帰後」のこの先は厳しいことは多いでしょう。

話を甲府の道渕選手の一件に戻すと、この大関・清水川関ほどのペナルティの重さではなかったにしても、やはりプレーしていれば敵チームからも野次は飛んでくるでしょうし、もしかしたら、プレー中にヘマすれば応援している甲府サポから辛辣な事を野次られるかもしれないし、サッカーを離れてプライベートの場で後ろ指をさされるこれもあるかもしれませんね。そうでなくても名前を視ただけで「あ、あの…」と言われることすらも。

でもできればそれらをすべて乗り越えて、一皮も二皮も剥けた道渕選手になる事を本当に祈ってます。それに社会貢献事業で出会えるかもしれない人達と素晴らしい出会いや「邂逅」もあるかもしれませんし…。

このあたりの話は残念ながら「近道」とか「要領よく立ち回る」とかの方法は無いと思います。愚直に、集中力を高めて、心身ともに鍛え上げて、来年か再来年、山梨中銀スタジアムのピッチで観客みんなが目を見張るようなプレーを見せてくれることを本当に祈ってます。

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