【千葉ロッテ】ルーキー・谷川捕手の「修学旅行でどじょうすくい」の話にびっくり(笑)

ロッテ谷川唯人が伝統どじょうすくい踊りで得たもの(日刊スポーツ)

日刊スポーツに出てた、今年のルーキー・育成ドラフト1位で指名された入団した谷川捕手のエピソードを拝読したんですが…。いいなあ修学旅行でどじょうすくいを踊ったのかー。いや、でもあれも結構奥が深いもんでしてね(笑)

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(18=立正大淞南)には、中学時代に2つの大きな出来事があった。

入団会見で「伝統芸能や文化が栄えています」と生まれ育った島根県について話していた。特に故郷の安来(やすぎ)市は、郷土民謡の安来節が流れる「どじょうすくい踊り」で知られる。谷川も中学時代に授業で習った。「中2の修学旅行の時に踊るんです。安来市の文化を全国に広げるという意味で」。奈良公園で、観光客や鹿? の前でユーモラスに踊った。

独特なコスチュームに所作。長い時間練習した。当日も恥ずかしさを捨てて懸命に踊った。そうしたら…。「観光客の人がたくさん寄ってきてくれて、その時にいただいた拍手が…初めて聞いたくらい、本当に大勢の人が。自分たちが頑張って恥ずかしさを捨ててやっていたので、頑張ってよかったと思います」。

中学3年で軟式野球を引退後は、Kボールの島根県選抜に選ばれ、千葉・成田での全国大会に出場。神奈川、東京など強豪を破り、4強入りする原動力になった。中学の侍JAPANをかけた大会でもあったが、侍入りは果たせなかった。ヤクルトのドラフト3位、内山壮真捕手(18=星稜)らが捕手で選ばれた。

それでも「いいアピールはできたと思います」と振り返る。当時、関係者の間で話題になっていた強肩ぶりは、現在は遠投123メートルまで伸びている。「走攻守が備わった選手が多かった。全国にはすごい選手がいっぱいいるなと感じました」。

全国で学び、高校時代に鍛え、再び晴れの舞台にやってきた。「小さい頃から侍JAPANで試合に出たいという夢があったので、それをかなえるため頑張っていきたいです」。プロでも堂々とパフォーマンスを続ける。

まさに安来節の本場ならではな…(しかもよその土地、さらにいえば修学旅行先でやったというのがなんとも凄い)。でも個人的にはこういういろいろな経験話とか、大好きですねえ。特にただの「野球バカ」ではない選手が学生時代などに経験してきた野球以外の話なんか特に(笑)

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立川平林師匠のどじょうすくい、というのを見た事がありまして。

少し前に、毎年11月に立川談志一門で談志師匠の追悼公演として開催している「談志まつり」というイベントで、立川平林師匠が高座、もとい高座は降りてましたんで、有楽町・よみうりホールのステージの上で安来節のどじょうすくいを踊られていて「いやあ、お見事だなあ」としみじみと感心しちゃったことがありました。そしたらどうも平林師匠、本当に安来節の全国大会で優勝して日本一になったことがあったそうで…(驚)。

ちなみに談志一門(落語立川流)は前座から二つ目、二つ目から真打ちに昇進する際には、落語の演目を二つ目では50話、真打ちでは100話をマスターした上に、歌舞音曲も談志師匠の生前は師匠のお眼鏡にかなわないと昇進させてもらえない…という厳しい一門でして。その歌舞音曲のうちのひとつとしてもしかしたら安来節・どじょうすくいを選んで必死に稽古して…という流れだったと思うんですが、その平林師匠のどじょうすくいを拝見したことがあるだけに個人的には「あれは見た目よりも結構奥が深い」んだろうなと思ってまして…いやー谷川捕手も必死に練習して奈良公園で踊って観光客の人たちの心をつかんだんでしょうね。

今後はプロに入って、様々なスーパープレイでもそうですし、常日頃の真摯な野球に対する姿勢などでファンの心を掴むような選手になってほしいですね、はい。たぶんその時の度胸のようなものは今後、プロ野球で大いに役に立つ日が来るでしょうし(笑)

それと後半の方に書かれていた「Kボール」というのは、私が少年野球をやってた頃(1980年代後半)にはまだ登場してなかったんで一応調べたら、中学までの軟式野球から高校野球からの硬式野球に転換する際に怪我をする選手が意外に多かったそうで、2000年代に入ってその軟式ボールと硬式ボールのちょうど中間点ぐらいの硬いボールを開発されたとのことで。私の頃は軟式はC球とか、ちょっと大きめのL球、あとなぜかオレンジ色をしてたD球とかもあったんですが…いや、もう35年近く前の話なのかこれ(ノД`)シクシク

以上です。

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