「読書感想文」。いつも夏休み最終日夜に毎回書いていた(泣)


Marisa SiasによるPixabayからの画像

読書感想文の書き方【本の読み方で完成の9割が決まる!】ただ読むのはダメ!

たまたまTwitter経由で拝読した「空から降りて」さんというブログの記事より。思わず「読書感想文かー、懐かしい」と共に「そういう記事を35年ぐらい前の、小学生時代の自分に読ませたかった」としみじみと(苦笑)

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まあ「大の苦手」でしたよ、読書感想文。

国語自体は嫌いではなかったし、中学の頃は文芸部に入ってたぐらい(そして今もこうしてブログを毎日更新してるぐらい)正直文章を書くのも嫌いではなく、「原稿用紙ン10枚分書け」と言われれば幾らでも書けるぐらい「書く」のは好き・得意だった私でしたが、この読書感想文「だけ」は苦手でしたねー。一言で言えば「ペンが進まない」と。

今から思うに「要因」としては、こんなのがありました。

1)小説・物語(フィクション)の類に殆ど全く興味がなかった。

2)なので「主人公」やその他登場人物に対する思い入れが全く感じない嫌なガキだった(苦笑)

3)これが「本の自由選択」だったらノンフィクション本でも図書館から借りてきて書いてやるのに、学校指定のがあった。

4)結末、つまり「オチ」が締まらず、我ながら書いていてつまらず「苦痛」だった。

当然のことながら、子供の頃から読書量は一定数あったんですが、せいぜいノンフィクション系の物語・小説は「ズッコケ三人組」ぐらいしか読んでおらず(というか逆に言えば、小説嫌いの私を夢中にさせるぐらいあのシリーズは凄かったという事になるわけですが…)、学校指定の本なんかは、国語の教科書ぐらい「ちっ、つまんねー」って感じで、夏休み中は全く手を付けず最終的には毎年の夏休み最終日の夜に、嫌々しながら学習机に向かって鉛筆を走らせて原稿用紙を埋めてる、というのがそのパターンでした。

たどり着いたのは「良い子は真似しちゃいけない」方法(失笑)

で、あまりにも苦痛になって「サボっちゃおうかなあ」と思ったのは昭和60年(1985年)、当時小学校5年生の夏。家族でつくば万博を見に行った前の日に日航123便が墜落した頃の話…でもありましたが、我が家は当時、母親が随時宿題の類をチェックしてたんでサボるのは無理だったんですけども(笑)、同じ宿題でもあった「絵日記」なんかもとりあえず文面は書いても日々の天気を書いておらず、仕方ないので図書館の資料室に行って古新聞で天気を確認しつつ…のついでに、「じゃ、なんかいい方法はないものか」とヒントを探しに行ったのでした。

余談としてはこの前年(1984年/昭和59年)に、当時住んでた千葉県成田市の中央図書館がオープンしまして、以前は隣の中央公民館の一角の「図書室」が中央図書館の代わりだったんですが、おかげで資料とか書籍数が格段に増えたってのもあり、更に暑い夏(とはいえ今に比べれば全然って感じですけど…)、全館エアコンがガンガン効いてる図書館で終日過ごそうかな、と(笑)。

…で、この夏休み最後の日の図書館で、読書感想文攻略法(?)としては、子供心にこう気づいたんですね。「これでイケるやん」と。

1)原稿用紙の中身の6.5割から7割は「あらすじ」で埋めて、そこに所々「感想」を挟む。

2)更に(司馬遼太郎風にいえば)「余談」を「あらすじ」と「感想」の間に挟み、「俺はこんな事も知ってんだよ」的なうんちく・ネタをちょいと書く(←これだけでも「書いてて楽しい」と錯覚しはじめる(笑))。

3)あくまでも読書感想文なので、各センテンスの文末は「…と思う」「…と僕は考えます」などの「感想」体型は崩さない(←これがないとチェックする教師から「こんなのは読書感想文ではない」と跳ねられる可能性もあるため)。

4)最後の文末に「読んで非常にためになった」「ありがとうございました」とか心にもないことを一筆したためる。

参考になったのは、各小説の「あとがき」の部分と、実は小説やノンフィクション本が「文庫本」になった際の、巻末の各著名人の「解説」および「書評」でした。

もちろん全ての本が、とは言い切れませんが、通常の大きさの本でそこそこ売れて、改めて文庫本版になった際に作者本人もそうですが、よくあるのは各界の著名人(らしき人)やその道に詳しい評論家のような人が、「解説」として「書評」を書くことが多いんですね。でも子供ながらになぜそこに気づいたのか…は未だに不思議だったんですが、たぶん当時、実家にあった母親が図書館から借りてきた文庫本の小説をたまたま手にとって、その巻末に「解説」が載ってて、それが「あ、これ読書感想文の書くヒントになるんじゃね?」って思ったんでしょう、たぶん。

※ちなみにこれは余談(というかもう当時の母親の年齢を超えてるから笑って言える話でもあります)ですが、母親は当時、バックナンバーとなった女性週刊誌もよく借りてきていて、私はそこに毎週のように載っていた「”アレ”の体験談(採用されると3万円)←お察しくださいw」をこっそり見るのが大好きでして、結果的に思春期の知識のようなもん(と女性誌に出てた当時の芸能界の知識←今、趣味のクイズで役に立ってます)はそれで培われたようなもんでした(失笑)。

結果的にどうしたかと言うと、「それが実際に”使える”のか」確認をしに、夏休み最終日の午前10時の開館と共に図書館に行き、文庫本コーナー近くのソファだかベンチの一角を占めて、大量に片っ端から文豪や最近の人気小説などタイトルを知っている本を15冊ぐらい借りてきまして、文字通り「乱読」してた…んですね。巻末の「あとがき」と「解説」の部分を(笑)。で、この部分だけだったら、15冊読み切るのに小一時間もかからないので、また別の文庫本を借りてきて「解説」だけ読んで…の繰り返しで、50-60冊ぐらい読み、午後2時ぐらいになって「お腹が空いた」んで帰ることにしたんですが、子供ながらにある程度の「手応え」を得ましたね。

「どうせ学校に提出する読書感想文ごときで、学校指定の本さえ外さなきゃ、期日まで出せば文句も言われねえだろう」

…と確信し、帰宅後、学校指定の本をとりあえず「もくじ」から読み始めて、400文字詰め原稿用紙10枚以上という条件のとこを16枚も書いて、最後は「非常に読んでためになりました。自分もこんな主人公になりたいと思います。ありがとうございました」と締めまして、「あー、終わった終わった。明日は始業式だ。寝よ寝よ」と、誤字脱字すらチェックせずに寝ちゃいましたね。書き始めから書き終わりまでざっと1時間。「提出すりゃいいんだろ、提出すれば」的な感じだったのは言うまでもないです。

…しかし嫌な小学生だったな<ヲレ(爆)

で、大嫌いだった当時の担任に言われた一言。

この時の担任は結局、小6の卒業まで2年間担任になった体育教師で、何しろ一部の女子生徒へのえこひいきがひどく、クラスの半分以上の生徒は嫌っている、私なんかは可愛げが全くないから時折殴られていたぐらい嫌われていて、家で母親にも名指しで「××(←呼び捨て)。あいつ、どうにかなんない?」って言っていたぐらいでした(私は記憶になかったんですが、後年、母親がそう言っていて「そりゃそんな態度を取ってれば、嫌われもするわな」と我ながら苦笑いする始末でした(苦笑))。

で、夏休みの課題を提出し、次の日の放課後に担任に呼ばれて担任机のとこに行くと、その担任いわく、私の読書感想文を読んだようでこう言ってきたんですね。

「お前の文章は「読書感想文」ではない。ただの「書評」だ」

と。今から思えば「あー、この担任、よくわかってんな。俺がヒントにしたのは文庫本の解説の部分だもん」って感心しちゃうとこなんですが、当時は「だから何?」って感じでしたね。「書き直せって言うんだったら、また書きますよ。おんなじ風にって思ってましたし、しかし子供ながらも少なからずプライドもあり、当時の気持ちを文章にすれば「期限通り提出してしかもびっしりと書いて、それで叱られるのは割に合わない。そんなのよりも提出してない奴、中身が薄い奴を先に叱れよ」と思ってましたので、

「でも先生、僕、この本のあらすじを説明して、そこに自分の感想を書いて、更に自分の知ってる知識を少しだけ補足して書いてますよ?これの何か問題があるんですか?」

「もしこれが本の書いてある事しか書いてなかったらもう読書感想文って言えないと思うんですけど?」

「これが僕の本を読んだ感想なので、(先生にとっての「書評」が)何が問題なのかわかりません。何が問題なんですか?」

…って反論、というか「尋ね」たら、まあ正直もしかしたら「ガキのくせに生意気言うな」と殴られる(←そういう事をよくする先生でしたので)かもなーとか思ってたんですが、「俺から言わせればいちいち小学生の読書感想文らしくないのが気になったんだ。けど、そこまで理由があるんだったら…まあいいか」とひとりごちをして渋々「無罪放免」になりましたけどね。あ、それでも最後に「でもその割には、誤字脱字がちょっと多い。提出する前に確認ぐらいしろ」とは言われました(苦笑)。

これが「意外に」間違ってなかったらしい…。

それから約34年。上記のリンク先の記事にこんな項目もあったんですね。

読書感想文の書き方のコツ【裏技編】あとがきを活用

という項目が。

ずーっと記事を拝読させてもらっていって、特にこの部分を読んで「あー、この部分は案外、当時の俺は間違っていなかったんだ」と(笑)。ちなみに私はこのパターンで、小6・中学・高校の読書感想文(なぜか毎年ありましたな…)、更に大学の中間・期末試験代わりのレポート等でもフル活用させてもらいまして、ほぼほぼ点数的には良かったですね。小5の時の担任と小6の時の担任は同じ先生だったんですが、なぜか翌年は何も言ってこなかったですし。

ま、大人になった今、いろんな週刊誌の「書評」なんかも見てみると、限られた文字数・スペースで、いかにその当該の作品を手短にしかも的確に紹介して、週刊誌の読者の購買意欲を煽るか…というのが「本当の目的」だと考えれば、あれはあれで「究極の読書感想文」だと思うんですよね。そこに「兼推薦状」が加わる次第で

ただ、小学生の読書感想文の場合、そこまで行っちゃうと、生真面目な担任とか国語教諭に巡り合うと「そんなのは(私の基準の)読書感想文ではない」と低評価ないしお説教を受ける可能性もあるので、今から思えば、あの当時にこういう「読書感想文を書くためのノウハウ」みたいなのは要諦を知った上で、ちゃんと書いてみたかったなあとは思いますね。結局、大人になっても小説嫌いは全く治らず、小説のたぐいは司馬遼太郎の「坂の上の雲」しか読まなかったですし(泣)。

しかしあれから34年か…なんか30歳過ぎてからの時間のスピードが早くなったせいか、そんなに昔の話とは思えないのが不思議ですなー。以上です(結局勢いだけで約4500文字も書いてしまった(苦笑))。

↑こういう本をF先生ご存命時に出して欲しかった(号泣)

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