あったねえ、小学校の2-3時間目の間の休み時間が「業間体育」とか(爆)

千葉県の小学校にある長めの休み時間「業間休み」がTwitterで話題に 「うちにもあった」「中休みって呼んでた」 – ねとらぼ

「出席番号が誕生日順」「運動会の時になのはな体操の練習」ってのが、仲間内でも昔話で盛り上がる定番ネタだったんですが、「業間体育」もローカルネタだったのか(;゚д゚)

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業間体育とは何ぞや?

で、説明すると業間体育ってのは、2時間目と3時間目の間に、20分ぐらいの長ーい休み時間があったんですね(あれは基本的には教員の休憩時間だったそうですが)。

で、大概は生徒・児童はグラウンドで遊んでいられる時間なんですが、中には学校の方針で「全国マラソン」みたいなキャンペーンを貼られて、全校でグラウンドのトラックを走ったり、外周のアスレチックコースみたいなとこを走って、走った周回でどんどん塗り絵をしていく千葉県の絵(各主要市を線でつないであって、マス目が書いてあったとか)があって「千葉県一周マラソン」みたいなのをやっていたような記憶が。うちの小学校は高台と低いとこに2つグラウンドがありましたので。なので、休みのようで休みではない、ってことで「業間体育」って呼ばれていました。

で、1枚目は青、2枚目は緑…とかでどんどん増えていく、みたいな感じなのを。 私は面倒くさがりだったんで、そんなもんは殆どやりませんでしたが(悪い奴になると自己申告をいいことに適当に塗ってましたしね)、まじめな子は三周四周とやってた子もいましたね。

出席番号は誕生日順だったんで殆ど13番でした(笑)

ついでに書くと、私が住んでた成田では、幼稚園から中学までは出席番号は「4月からの生年月日順」でした。11月7日生まれで苗字が「む」から始まってたので、幼稚園から中学までは男女別の出席番号でだいたい13番前後でした。これに加えて、当時住んでた公務員団地が13棟(19棟まであったんすね)で、少年野球でもなぜか背番号が13番が多かったんで、私は大概、マイナンバーとして選ぶ際には「13番」が多いです(実は自動車のナンバープレートも「13」を中に含めてます)。子供のころから、親父が子供部屋に「ゴルゴ13」を置いとくような家だったんでハマってしまい、デューク東郷にもひっかけて、13番ってのは好きな数字なんすよね…あ、我が家は仏教ですし(爆)

これを書いてて思い出すのは小3の時、担任の女先生が実に適当な人で、出席番号順に班を決めたら、私の番号が3班の最後、次の出席番号の奴(私と誕生日が10日違い)が4班の班長、みたいなことになりまして(笑)

例えば掃除なんかでも、担任はチェンジするのがめんどいと思ったらしく、給食の配膳室を1年間掃除したんですが、まさに「末席」の私は、 牛乳が入ってる冷蔵庫の係、とか、給食当番でも一番最後なので一番軽い牛乳箱係とかでこれを一年続けることになり、次の出席番号の奴が次の班でリーダーとか重責を担わされてるのを横目で見ていて、「わずか1番違いでこの差とは。たかが10日生まれたのが違うだけでこれほどとは…」と、子供心ながらに、その彼(一応、親友でたしライバル関係でもありましたしね)に「いいなあ、君は班長か。凄いなあ」とか言いながらも「ま、俺は今のポジションで満足だけどね(ニヤニヤ」としてたのを今でもよーく覚えてますわ。うーん、今と全く変わってねえ。

あと「なのはな体操」が嫌で嫌で(以下略)

でも不思議な学校でしたわ。小5あたりから県民体操みたいな感じで「なのはな体操」ってのが始まったんですが、ご丁寧に、運動会の開会式ではラジオ体操の第1第2の後に練習までやらされましたし、しかもどう考えてもユルい音楽で体操の効果があるとは思えないし(爆)。

あれも後年友人とバカトークの折に話した際に、千葉県内で東葛、すなわち船橋や松戸の方では行われなかったという話もあり、思わず「なんだよー、成田は田舎だからあったのか?辱めをさせやがって(意味不明)」みたいなことを愚痴ったりとかも(をい)。

いや、返す返す嫁の実家(東京都福生市)に同居してて正解だわ。今のとこ成田に戻る予定はないので(今は船橋に住む妹がゆくゆくは実家の近所に住むという話があるらしいんですけどね)、息子に「なのはな体操」をやらせることも、学校に業間体育みたいなのも「ない」と思うんですが…しいて言えば「む」で9月生まれだら、出席番号に関しては誕生日順の方がいいのかな?とは思わなくはないんですけどね(苦笑)