立川談幸師匠の落語芸術協会移籍が発表された。

立川談幸、立川流を脱退 談志の内弟子、落語芸術協会へ:朝日新聞デジタル

12月上旬に、談志師匠にとっては唯一の内弟子を経験した談幸師匠が立川流の理事を辞めて、お弟子さんふたりと一緒に落語芸術協会に移籍する、という話が出てきて、立川流のファンの人たちはいろいろとやきもきしていたらしいのだが。

とまあ、談志の高弟であり談幸師匠の兄弟子でもある左談次師匠・談四楼師匠もツイッターで呟いていて(うちのブログでも掲載したのだが)、「あー、本当なんだな」という話になって、今日の朝日新聞の記事が載った、という次第だったりする。

落語立川流の真打ち、立川談幸(60)が立川流を脱退、落語芸術協会(桂歌丸会長)に移ることが決まり、28日、東京都内で開かれた協会の納会であいさつした。立川流一門の了承も受けた。家元の談志が2011年に亡くなって以来、脱退者は初めてだ。

 納会で談幸は「決死の覚悟で立川流を抜けて参り、落語芸術協会にお世話になることになりました。一生懸命努めて参りたいと思います」とあいさつ。桂会長が「立川という亭号は昔、芸術協会にありました。立川の亭号が復活したわけであります。頑張って頂きたい」と話した。

 立川流を脱退した理由について「寄席に出たい、それが最大の理由です」と談幸は語る。立川流は1983年に落語協会を抜けて以来、都内の寄席の定席には出演できない。このため同年に談志に入門した志の輔以降の弟子はホール落語や独演会などで活動してきた。談幸は、寄席での修業を経験している最後の弟子だ。談幸自身にも弟子が2人いる。

立川流時代も何人か「寄席に出たい」と脱退(破門状態になって)して古巣の落語協会に移籍した真打や、借金問題で退会を食らったブラック師匠のような真打もいたし、前座・二つ目では自ら廃業したり、師匠を替えて落語芸術協会や圓楽一門、また名古屋方面で活動している元お弟子さんなどもいるんだが、特に談幸師匠は談志の内弟子になるほど非常に気が利く重宝されたお弟子さんで、二つ目になって談志が落胆するほど「使える」お弟子さんだったそうな。ゆえにその談幸さんが立川流を離れて芸協に移籍、という話が出た時には少なからず衝撃が走った、らしい。

「唯一の内弟子」だったがゆえの衝撃の大きさが。

噺の話 立川談幸一門の立川流退会のことなど。

こちらのブログの「考察」は非常に参考になった。自分も「談志を裏切った」とは全く思わない。むしろ「よく尽くした」と思っている方で。コメント欄に残念なことを書いているファンはいるんだが、そこまでは思わないなあ。おそらく談幸師匠が「決断」した何かがあったと思うんすよね。立川流を抜けるという意義のプラスの面も、逆に立川流に居続けることでのマイナスの面も。

ちょっと2ch風に荒れている気配はあるんで直接リンクを貼るのは気が引けるんだが(苦笑)、談幸師匠のすぐ上の兄弟子(しかも明治大落研→談志一門という流れも全く同じの)の談之助師匠のホームページの掲示板なんかでは、いろんな不満が溜まってついに談幸がキレたみたいな事も師匠書いてますしね(例:一門会でほぼタダ働きのような形で顔付け(演目の順番とかを決めて取り仕切る立場)とかをやらされてるのに、その一門会に出ない落語家とか、文句ばかりいう他の兄弟弟子がいるとか)。まあ真偽はさておき、それを含めていろいろあったんでしょうよ。

でも個人的に思うのは、談志一門の古巣の落語協会ではなく、落語協会とはライバル関係で、どうしても落語協会よりかは人材が少なく戦力が薄い落語芸術協会に入った、というのが興味深い。歌丸・小遊三・昇太などの人気者はいるが、やはり「これではいかん」という歌丸会長以下執行部の考えもあるのかなあと。むしろ戦力が薄いがゆえに寄席には出れる可能性は増えるし、談志の落語を忠実に学んできて古典落語の演目が非常に多い談幸師匠であればおそらく芸術協会でも屈指の古典落語の使い手として戦力にはなるでしょうしね。

ま、落語協会は談幸師匠の師匠の談志に、分裂騒動とかも含めてえらい目に遭わされた小さん一門の兄弟弟子がまだ存命だからアレルギーもあるんだな、とか(爆)

いずれにしてもぜひ頑張ってほしいと思いますです。お弟子さんも真打寸前だった方がいらっしゃったそうですから、そちらの方もぜひ一日でも早く真打に慣れるように研鑽してほしいものです、はい。