旧友の「四十九日法要」を参列しに、埼玉・岩槻まで行ってきた。

1月24日に急逝した、さだまさしファンつながりとクイズサークルつながりで、25年来の付き合いがあった旧友「ガソダム」氏の「四十九日法要」がありまして、今日は埼玉の岩槻まで行ってきました。

この旧友の訃報に関しては何度か記事でも書きました。

この旧友・ガソダム氏の一件は、まさに「青天の霹靂」という言葉通りの突然の訃報で、周りの友人筋も驚き、絶句し、私なんかもちょっとこの旧友の告別式の前後あたりには精神的なハイとローの切り替えができなくなるほど衝撃が大きな出来事でもありました。

さすがに3月に入ったあたりから多少の気持ちに余裕ができて、昨日なんかも甲府までサッカーを見に行ってたんですけどね(この旅行記(?)に関してはまた明日・明後日あたりにでも…)。

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物凄くいい天気、そして「暑い」一日でした…。

昨日の甲府に行った時も最高気温が14度で、ジャンパーコートではなくパーカー(千葉ロッテのファンクラブ特典で貰ったブツ…を、甲府戦に着ていきました(爆))を着ていったんですけども、今日は最高気温の予報がなんと20度。なので、コートなどは着ずに喪服のスーツだけで出かけることになりました。

ただ、朝、ブログの記事を書いちゃったりして、予定よりも10分ほど出遅れましたんで「あ、俺、岩槻まで車で行ってくる」と、電車で行く予定を車で行くことにしまして、R-16で入間まで、入間から圏央道で白岡菖蒲インターまで、そこから蓮田市内を抜けて岩槻へ…という、去年立ち上げたクイズサークルの例会に行く方法と全く同じルートで岩槻まで行きました。

で、停めたのは岩槻駅と、この旧友の自宅と、納骨されるお墓のあるお寺さんのちょうど中間点の場所。いずれも歩いて5分程度の便利な場所にあって、1日500円で止められるコインパーキングを知ってたのでそこに停めました。

なお、当初は電車を乗り継いで10時40分すぎに岩槻駅に到着する予定だったんですが、車でそこのコインパーキングに入ったのは10時10分。予定よりも30分ほど早く到着しちゃって(苦笑)。仕方ないので隣のセブンイレブンでお手洗いを借りて、温かいお茶と小さいパンを買ってイートインでそれを食してから、11時から四十九日法要が始まる予定だったので20分ほど前にお寺に着きました。

「大龍寺」さんという岩槻ではかなりの名刹なお寺さんでした。江戸幕府三代将軍・徳川家光のお守役でもあった岩槻城のお殿様が作ったお寺だそうで…。

ものすごくいい天気。雲一つない青空でした。ここでガソダム氏とは中学の時からの30年来の親友で、私にとってもさだおよびクイズサークル繋がりで20年来の友人である「うへの」氏と合流し、親戚の方々とご一緒に四十九日法要に参列することになりました。

11時からこのお寺の本堂の中で、四十九日法要が行われました。その後に、お寺の裏手にある墓地(実はうへの氏のお母上の実家のお墓もここにあるんだそうで…)で、無事に納骨も行われました。最後にお線香をたむけて手を合わせて改めてガソダム氏のご冥福を祈った次第でした。

旧友の自宅前の八重桜は忘れられないなー。

で、四十九日法要と納骨が終わり、食事会が行われる日本料理屋さんに移動することになりました。

↑お寺の梅の花がまた季節を感じましたなー。

実はうへの氏は自転車だったので、私は一緒に歩いて移動することにしました。ガソダム氏のご親戚の皆さんは車だったんで、「じゃ、ちょっと先に歩いていきますね」と断ってお寺を出発しました。

すると、お寺から料理屋さんまでの間に、たまたまガソダム氏の自宅である酒屋の前を通りかかったんですが、

酒屋の目の前の公園の八重桜が実に見事に咲いていました。

実はここの公園は武家屋敷の跡地(今は「裏小路公園」と言います)なんだそうで、岩槻市がさいたま市岩槻区になった後に整備されてきれいな公園になったそうなんですね。

あとから食事会の席上、旧友の親戚の叔母様たちにあそこの桜の話をしたところ、この桜は八重桜というんだそうで。残念ながら命日が1月末なんで毎回の法事の際には早すぎて桜はたぶん間に合わないんだろうけど…でも私にとっては、これまた「忘れ得ぬ」桜になったような気がしますね。

さすが人形の町・岩槻…と実に感心するやらで。

そして食事会の日本料理屋さんに着きました。

「ほていや」さんという地元では有名な日本料理屋さんなんだそうです。

そしてお店の中に入ると、

「さすが人形の町・岩槻だなー」と感心しきりになるような雛人形が。

そして二階に向かう階段にも吊るし雛や、

二階の食事処にもこんなお内裏様とお姫様の雛人形が飾ってありました。

ここで献杯した後に(あ、私は車の運転があるんで飲んでませんけどね…ジンジャーエールとウーロン茶を飲んでました)、美味しいお刺身やてんぶら、うな重などを頂きまして、故人の冥福を改めて祈った次第でした。

ちなみに私とうへの氏の席のすぐ近くに、旧友の遺影が飾られてました(さすがに画像編集しました)。

なお、本人は酒屋の息子の割には全くの下戸で、コカ・コーラが備えられてました。ま、親父さんいわく「あいつはコーラの飲みすぎで糖尿病でよー」と。「あ、ボクも似たようなもんです」と私が(号泣)。

帰りの行程と帰った後に。

で、午後3時前に食事会が終わり、私は岩槻駅近くに用事があるうへの氏と一緒に岩槻駅までご一緒に歩いて、そこで別れました。

そういえばコインパーキングの、道路を挟んだ反対側にも、

蔵の中を改良して雛人形を飾っていて観光客の人達が眺めている建物がありましたねー。

実は我々が参加している岩槻のクイズサークル、今年も含めて3月例会は最初から「お休み」の予定でした。というのは、旧友は毎年3月のひな祭りの前後に、市内で開催される大きなひな祭りにも出店を出したりとかいろいろ忙しい上に、自分のお店にも雛人形を飾ったりもしていましたので(たぶん今後の慣例として3月は皆、年度末で忙しそうなのでやはり定例会はお休みになる予定です)。

で、店頭にもガラス張りの人形コーナーを置いていてそれを観光客が眺めつつ、ジュースやお酒を買って行ってたそうで…。

こちらは訃報が届いた日に、弔問しにいった帰りに撮った写真ですが(1月25日。なので直前に降った大雪がまだ残っているんです)、店頭の右側にこういう季節ごとの人形等を飾るコーナーを作ったんですね。果たして今年は…。

で、帰りの車では、おそらく4月以降から活動再開する岩槻のクイズサークルには、私は電車で来ることが多くなりそうで「よほど荷物が重くならん限り、車では来ないだろうな…」とか思いながら、帰りは下道の国道16号線を走って帰ってきました。例によって大宮バイパスと、川越市内を抜けるのに渋滞ばかりで苦笑いが止まらなかったんですけどね。

クイズサークルの帰りだと途中に狭山の唐揚げ屋で晩飯を食べてから帰るんですが、今回は食事会でうなぎなどを食べて満腹もいいとこだったんで、狭山と入間の間にある古い建物なイオン(たぶんジャスコか長崎屋が元だったと思われる古い建物でした)に立ち寄って、トイレ休憩と、駐車場の自販機でお茶のペットボトルを買って「小休止」をしてから、午後5時すぎに無事に自宅に到着・帰宅したのでした。

で、今は、

香典返しのまんじゅうをひとつだけ食べながらこの記事を書いてたりと…いやいや糖尿の気があるんだからほどほどにしろってば(爆)。妻はあんこが苦手なんで、同じく香典返しでいただいたおせんべいのセットにものすごく喜んでましたけどね。

最後に。

…最後に、旧友の急逝に伴い活動休止していたクイズサークルは、4月1日に駅近くの公共施設の部屋を借りることができまして、そこから「活動再開」することになりました。その際に、今度はクイズサークルの面々を連れて、この旧友のお墓参りにまた来る予定です。

何せ岩槻駅からも、旧友宅からも、そうは離れてない距離のところにあるお寺およびお墓なので、命日やお盆に限らず、たぶん折々の機会に、私も含めた友人連中は何度もここに訪れることになるんだろうな、と、帰り際、岩槻駅に向かう最中に、うへの氏と話しながら歩いていました。

以上です。